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フランスはノルマンディー地方のヴィモティエールにあるティーガーⅠ(タイガー戦車・Tiger tank)と、WW2 D-DAY(operation overlord オーバーロード作戦) 史上最大の作戦と呼ばれた, ノルマンディー上陸作戦の戦場跡を巡った旅の記録
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ヴィレル・ボカージュVillers Bocage についた時、どこが戦場跡なのか判別することは難しかった。そこで、ツーリストインフォメーションで聞いてみることにした。インフォメーションは、上の写真の奥の広場の面していた。

さっそく尋ねてみると、地図も載ってる資料のコピーをもらうことができた。ノルマンディーには、このようなツーリストインフォメーション(office du tourisme)が、各所にあるので、助かった。ただ、困ったことは、各インフォメーションは、その町や近隣の情報だけのようであった。大きな町のインフォメーションは、また違ったのかもしれないが。



インフォメーションに来てよかった。通常の町の案内図の他に、ヴィレル・ボカージュの戦いに関する資料ももらうことができた。





この戦いの戦闘経過については、諸説あるようで、この資料が正しいかどうかはわからない。
確かなことは、ミハエル・ヴィットマン(Michael Wittmann)たちの活躍によって、連合軍によるカーン攻略は、数ヶ月遅れることになったという事実である。

ヴィレル・ボカージュが、連合軍によって解放されたのは、8月4日のことであった。





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ヴィレル・ボカージュでは、最初、街の外で戦闘が始まったのですが、その後戦闘は市街地に移ります。記念碑のある交差点から街のメインストリートを見てみましょう。





メインストリートのはじのほうは住宅街になっています。当時の写真と比べると道路の幅が広がってるようです。↓参考写真



かつて壮絶な市街戦が繰り広げられたこの街も、今はきれいな街並みが広がっています。↓村の中心部商店街





ミハエル・ヴィットマンSS中尉








1944年6月13日通りから交差点のほうを望むと、ヴィレル・ボカージュの戦場写真として、見覚えがある大きな十字架があった。



十字架の写真↓ 写真の右奥に伸びている道路は、バイユー(Bayeux)方面への道路である。



↓ノルマンディーの戦跡を示す標識があった。



↓十字架より右のほうを見てみると、カーン(Caen)方面への道路が延びている。



↓貯水塔とプジョーの販売店にはさまれた、この道路が、カーンへの道です。この先がおそらく、英軍第7機甲師団が縦隊となって、休息中であった場所だと思われます。



ここでミハエル・ヴィットマン(Michael Wittmann)の伝説が生まれたのである。つづく・・・



↓実際の戦闘後の画像。撃破された英軍装甲車両群(ウィキペデア・コモンズより)



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