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フランスはノルマンディー地方のヴィモティエールにあるティーガーⅠ(タイガー戦車・Tiger tank)と、WW2 D-DAY(operation overlord オーバーロード作戦) 史上最大の作戦と呼ばれた, ノルマンディー上陸作戦の戦場跡を巡った旅の記録
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ヴィレル・ボカージュでは、最初、街の外で戦闘が始まったのですが、その後戦闘は市街地に移ります。記念碑のある交差点から街のメインストリートを見てみましょう。





メインストリートのはじのほうは住宅街になっています。当時の写真と比べると道路の幅が広がってるようです。↓参考写真



かつて壮絶な市街戦が繰り広げられたこの街も、今はきれいな街並みが広がっています。↓村の中心部商店街





ミハエル・ヴィットマンSS中尉








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1944年6月13日通りから交差点のほうを望むと、ヴィレル・ボカージュの戦場写真として、見覚えがある大きな十字架があった。



十字架の写真↓ 写真の右奥に伸びている道路は、バイユー(Bayeux)方面への道路である。



↓ノルマンディーの戦跡を示す標識があった。



↓十字架より右のほうを見てみると、カーン(Caen)方面への道路が延びている。



↓貯水塔とプジョーの販売店にはさまれた、この道路が、カーンへの道です。この先がおそらく、英軍第7機甲師団が縦隊となって、休息中であった場所だと思われます。



ここでミハエル・ヴィットマン(Michael Wittmann)の伝説が生まれたのである。つづく・・・



↓実際の戦闘後の画像。撃破された英軍装甲車両群(ウィキペデア・コモンズより)

1944年6月13日通り(Boulevard du 13 juin 1944)


ヴィレル・ボカージュを訪れる前は、ヴィレル・ボカージュのどこへ行けばいいのかまったく知らなかった。そもそもヴィレル・ボカージュは、要塞や陣地があったわけでもなく、たまたま戦場になっただけの村だろうし、一部のWW2戦車マニアの人の間では、そこそこ知られてるのだろうが、一般的に知られているオマハビーチなどとは違い、戦場の跡を示すものや、記念館などあるはずもないと思っていた。

ともかくせっかくノルマンディーを訪れることができたのだから、何もなくても行ってみようと思った。少年のころ、作ったタイガー戦車のプラモデルに誇らしげにつけてみた、砲身のキルマーク。その戦車に乗っていたヴィットマンがどういう場所で戦ったのか、伝説の場所をただこの目で見たかった。

レンタカーにはカーナビをつけたので、Villers Bocage といれてみたら、いろいろな村の通りの名がでてきた。その中にBoulevard du 13 juin 1944 という地名があるではないか。1944年6月13日通り。まさしくヴィレル・ボカージュの戦いがあった日。ここにいけば、何かあるかもと思い、カーナビをセットして行ってみた。

上の写真はその通りの写真である。撮影日は2007年6月12日。1日ずれればまさしくその日だったのだが。
下に現在のグーグルの航空写真地図を載せてみた。1944年6月13日通り(Boulevard du 13 juin 1944)の場所が確認できる。ちなみにここに行った当時、2007年にはここまで詳細なマップはグーグルに載ってなかったと思う。


通りについてみると、住宅街のようでであった。車を置くスペースがあったので、車を置き、とりあえずそのへんを歩いてみることにし、交差点のほうにいってみた。すると国旗と記念碑のようなものがあるではないか。



記念碑のアップ

「1944年6月13日、自由のために戦い死んだ第7装甲師団の兵士たちに、誇りと感謝の気持ちを忘れてはならない。」

つづく


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